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松江地方裁判所 平成9年(行ウ)2号 判決

原告

右補佐人

右訴訟代理人弁護士

田中滋啓

被告

浜田税務署長 伊藤義隆

右指定代理人

大西達夫

長尾俊貴

要田悟史

好中和儀

斎藤勤

武本俊夫

阿井賢二

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が、原告に対し、平成六年三月三一日付けでした原告の平成三年分の所得税再更正処分のうち、総所得金額で三四八万五一四五円を超える部分及びこれに対する同年分の過少申告加算税額の賦課決定処分並びに原告の平成四年分の所得税更正処分のうち、総所得金額で一四二四万〇六八五円を超える部分及びこれに対する同年分の過少申告加算税額の賦課決定処分をいずれも取り消す。

第二事案の概要

一  本件は、原告が被告のした平成六年三月三一日付けの平成三年分及び平成四年分(以下「本件係争各年分」という。)の各所得税(再)更正処分(以下「本件各更正処分」という。)及び過少申告加算税額の各賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」という。)の税務調査手続の違法、総所得金額を過大に認定した違法があるなどと主張して、その取消しを求めた抗告訴訟である。

二  前提事実(争いのない事実)

1  原告は、肩書地記載の島根県那賀郡金城町大字今福に居住し、生命保険外交業を営み事業所得のほか不動産所得等を得ていわゆる白色申告者である。

2  原告の本件係争年分の所得税の確定申告、本件各処分、異議申立て及びこれに対する決定、審査請求及びこれに対する裁決は別紙一、二(課税処分等経過表)記載のとおりである。

また、被告は、原告が申告した所得金額が正しいかどうかを調査するため、浜田税務署個人課税第二部門上席国税調査官平井文雄(以下「平井係官」という。)をして平成五年八月三一日から、原告の本件係争各年分の所得税調査(以下「本件調査」という。)を実施させた。

三  争点

1  事業所得の金額について

(一) 本件調査手続の適法性

(二) 本件推計の必要性

(三) 本件推計の合理性

(四) 実額反証

2  不動産所得の金額について

(一) 本件調査手続の適法性

(二) 地代家賃の必要経費該当性

四  争点に関する原告の主張

1  争点1(事業所得の金額)について

(一) 税務調査手続の適法性について

本件調査には、次のような重大な違法があるから、本件各更正処分は違法である。

(1) 目的の違法

本件調査は、山陰地方において生命保険外交業のトップセールスレディである原告に対し、強硬な調査、処分を行うことによって、他の同業者に対する見せしめとする意図がなされた。

(2) プライバシー侵害を伴う調査態様の違法

平井係官は、本件調査のため、有限会社A(本店は、島根県那賀郡金城町大字今福に所在し、原告がその取締役を務める飲食業を営む法人で、今福店と浜田店(片庭店ともいう。)の二店を経営している。以下、この法人を「A」という。)の浜田店(島根県浜田市片庭町に所在)二階にある原告の事務所(以下「本件賃借事務所」という。)を訪れた際、原告がトイレに入っている間に、右事務所の隣にあった原告のプライベートな部屋に無断で侵入した。

(3) 十分な調査を尽くさなかった違法

平井係官は、前記の違法な目的の下に、自ら問題点として指摘した領収書、顧客招待旅行、人件費等に対する原告の説明を頭から信用しなかった。そこで、原告は、税理士二名に対応を依頼したところ、平井係官は、問題点を具体的に指摘し欲しい旨の税理士らの要請を聞き入れないばかりか、税理士らが原告から聞いて問題点を類推し調査した上で説明しても、それをも無視した。また、原告が、被告の問題としているところを推測して再調査をしている最中に、被告は、更なる調査をしないまま、いきなり本件各更正処分をした。このように、原告が本件調査に際し、誠実な対応をしたにもかかわらず、被告が十分な調査を尽くさないままに本件各更正処分をしたことは、その手続である本件調査に重大な違法がある。

(二) 本件推計の必要性について

原告が提出した本件係争各年分の生命保険外交業に係る「総勘定元帳」と題する帳簿一冊ずつ(以下、併せて「本件経費帳」という。)の記載は、領収書等の裏付けに基づく信憑性のあるものであった。また、平井係官が、問題点の指摘を求めた税理士らの要請に応えたり、原告側の説明を十分に検討するなど、本件調査を尽くしておれば、その信憑性に問題がないことが明らかになったはずであり、いずれにしても本件経費帳等により実額課税をすることは可能であったから、推計の必要性はなかった。

(三) 本件推計の不合理性について

被告は、推計に当たり、類似同業者所得率の平均値を乗じて原告の所得金額を算出しているところ、これは、原告が事業のために家賃、人件費を支出した特殊事情を見過ごすものであり、合理的なものとはいえない。

(四) 実額反証について

本件経費帳等の帳簿書類によれば、原告の本件係争年分の事業所得金額(実額)は、別紙三の事業所得の金額欄記載のとおりである。同三の経費欄記載の金額は、すべて原告が事業所得を得るための費用として支出したものであり、その支出と事業との関連性があることは明らかであるから、必要経費に当たる。特に生命保険外交業で成約を得るには、契約の見込みのある者のみならず、その紹介者等幅広く接待交際する必要があるから、個別の収入との関連性が認められない場合でも、純粋な家事のための出費を除き、すべて経費と認めるべきである。

2  争点2(不動産所得の金額)について

(一) 本件調査には、前記争点1で主張したとおり、重大な違法があるから、本件各更正処分は違法である。

(二) 原告の本件係争各年分の不動産所得の金額は、別紙三の不動産所得の金額欄記載のとおりである。

本件係争各年分の地代家賃七二万円は、不動産事業のために本件賃借事務所を借りている費用であり(地代家賃とあるが、この趣旨と考えられる。)、原告が右不動産所得を得るために必要な経費に当たるから、これを不動産所得の収入金額から控除すべきである。

3  そうすると、原告の本件係争各年分の事業所得金額、その他の所得金額、及び総所得金額は別紙三の本件係争各年分の各欄記載のとおりであり、本件各処分で認定された後記第二の五の3の所得金額は、右実額による所得金額と比べて過大であるから、本件各更正処分のうち右実額を超える部分は違法であり、取消しを免れないが、原告は、そのうちの前記「第一 請求」欄記載の金額を超える部分の取消しを求める。

五  争点に関する被告の主張

1  争点1(事業所得の金額)について

(一) 本件調査手続の適法性について

本件調査手続に原告が主張する違法は存しないし、そもそも、調査手続の適法性自体が課税要件となることはないから、その違法が当然に課税処分の違法事由になるものではない。

(二) 本件推計の必要性について

原告は、本件調査に際し、当初は本件経費帳等の帳簿書類を提示した。しかし、反面調査等の結果、本件経費帳に計上されている必要経費の各費目には支払事実のない架空の経費や自己の個人的経費が含まれている事実が判明したため、平井係官が、右費目の具体的内容の説明や右支出を裏付ける本件係争各年分の領収書綴り二冊ずつ(以下、併せて「本件領収書綴り」という。)の原本の再提示を求め、筆跡等を確認しようとしたところ、原告は右領収書綴りの再提示を拒否した上、各経費の具体的内容は裁判にでもならいと明らかにしないとして、必要経費に係る質問には一切答えず調査に全く協力しなかった。このように、本件経費帳の記載は、正確性や信憑性に乏しいものがあった上、原告が税務調査への協力を拒否する態度を明確にするに至ったため、被告は、原告の提示した帳簿書類その他の方法により、本件係争各年分の事業所得の金額を実額計算の方法により算定することができず、やむを得ず、推計の方法により算定したのであって、本件において、推計の必要性が存在する。

(三) 本件推計の合理性について

(1) 被告は、別紙四記載のすべての基準を満たすことを本件の類似同業者の抽出基準として採用するとともに、事業活動の地域性を考慮するため、鳥取、倉吉、米子、松江、大東、出雲、石見大田、浜田、益田及び西郷の各税務署管内の個人事業者の中から右基準に合致する者を抽出することとし、別紙五記載のAないしDの四名類似同業者とした。そして、右同業者の本件係争各年分における収入金額、必要経費の額、算出所得(収入金額から必要経費の金額を控除した金額)、算出所得率(収入金額に対する青色申告特典控除額を控除する前の算出所得金額の割合)の平均値(以下「本件算出所得率」という。)を別紙五、六記載の各欄記載のとおり算出した。

以上の方法により、算出された類似同業者は、機械的に抽出されたもので、恣意の介在する余地がなく、また、資料内容は正確であるから、被告の推計方法には客観的な合理性がある。

(2) 原告は、家賃、人件費を支出しているので類似同業者の算出所得率をそのまま適用するのは合理的でないと主張する。

しかし、原告の主張の趣旨がそもそも明確でない上、原告の主張する家賃及び人件費の支出が収入との対応関係において被告の行った推計を不合理ならしめる程度の顕著な事情があったとする具体的、客観的な主張はないから、原告の右主張は理由がない。

(3) 事業所得金額の計算

ア 収入金額(この金額は当事業者間に争いがない。)

平成三年分 一八九二万一五八五円

平成四年分 二二五九万一四八一円

イ 事業所得金額

前記アの収入金額を基礎として、別紙五記載の本件算出所得率(平成三年分が、〇・六〇一、平成四年分が〇・六二一)を乗じて次のとおり算定した。

平成三年分 一一三七万一八七二円

平成四年分 一四〇二万九三〇九円

(四) 原告の実額反証に対する反論

納税者が推計課税において認定された所得金額を実額の反証によって、覆すためには、その主張する収入金額がすべての取引先とのすべての取引によるものであること及びその主張する必要経費が実際に支出され、原告の収入と対応するものであること(当該事業との関連性)を立証しなければならない。その立証のためには、収入金額及び必要経費を明確に記帳し、それにより取引の実態を正確にした帳簿書類等の存在が不可欠である。

本件において、原告の提出した本件経費帳等は、収入金額及び必要経費を明確に記帳したものでなく、原告の実額反証はこの点ですでに失当である。

また、原告は、必要経費の額についても、信頼のおける会計帳簿又は原始記録によるのではなく、架空ないし使途のはっきりしない領収証や客観的な裏付けのない原告の供述等信頼できない証拠によって、立証しようとするものであり、原告主張の事業所得の金額を実額で認定することはできない。

2  争点2(不動産所得の金額)について

(一) 前記主張のとおり本件調査に違法はない。

(二) 原告は、本件不動産所得を算定するに際し、地代家賃七二万円(本件賃借事務所の家賃の趣旨と考えられることは、先に述べたとおりである。)

しかし、原告の本件不動産所得は、その所有する土地にアスファルト舗装をした駐車場を月決めで賃貸し、賃料収入を得るものであり、右不動産事業の管理業務をするのに本件賃借事務所を使用する必要性はないし、実際にも恒常的に使用していた事実はないから、原告主張の地代家賃七二万円は原告の不動産業務の遂行上必要な支出とはいえず、本件係争各年分に係る不動産所得の金額の必要経費の額に算入することはできない。

(三) したがって、原告の本件係争各年分の不動産所得の金額は、原告が主張する経費の額からそれぞれ七二万円を控除して計算した次のとおりの額である。

平成三年分 一一六万四五〇〇円

平成四年分 一二一万三四〇〇円

3  そうすると、原告の本件係争各年分に係る総所得額はいずれも適法である。

(一) 平成三年分 一二六〇万六三七二円

(内訳)

事業所得の金額 一一三七万一八七二円

不動産所得の金額 一一六万四五〇〇円

給与所得の金額 七万〇〇〇〇円

(二) 平成四年分 二六〇五万九八六一円

(内訳)

事業所得の金額 一四〇二万九三〇九円

不動産所得の金額 一二一万三四〇〇円

給与所得の金額 七万〇〇〇〇円

雑所得の金額 四六万一六六〇円

一時所得の金額 一〇二八万五四九二円

また、右各更正処分に基づきなされた本件各賦課決定処分につき原告が本件係争各年分の所得金額を過少に申告したことについて正当な理由があるとは認められないから、右各処分も適法である。

第三当裁判所の判断

一  本件各処分に至る経緯について

争いのない事実のほか、証拠(乙一九、証人平井文雄、同乙、原告本人。ただし、後記認定に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件各処分に至る経緯は次のとおりであることが認められる。

1  平成五年八月三一日の状況

(一) 平井係官は、本件調査のため、原告から指定されたA今福店(島根県那賀郡金城町大字今福)に臨場し、原告に対し、その申告に係る所得金額が適正かどうかを確認、調査するために来たこと、特に必要経費の確認が主になることを説明し、協力を要請した。

その際、平井係官は、原告に対し、生命保険外交業の事業概況、記帳方法等を質問し、確定申告の基となった帳簿書類の提示を求めたところ、原告は、本件係争各年分の本件経費帳、本件領収証綴り及び不動産賃貸に係る収入明細を記入したノート一冊を提示した。

平井係官は、本件経費帳に記載された支出が事業所得の金額の計算上の必要経費に該当するかどうかを確認する必要があると考え、原告に対し、生命保険外交業遂行上のスケジュール(行動予定や内容等)を記録した手帳等により経費の支出の状況を具体的に説明するよう求めた。これに対し、原告は、行動予定はその日その日の行き先をメモするだけで、メモも用が済めば捨てるし、その他の支出先や支出内容を明らかにする記録はないと答えた。

また、平井係官は、領収証等の筆跡や印影等を検討し、右支出が原告の必要経費になるかどうかを詳細に検討する必要があると考え、携帯したコピー機でコピーを取りながら、原告に対し、Bへの八〇万円の支払及び株式会社C(以下「C」という。)への支払の内容について質問した。これに対し、原告は、右支払は、それぞれ生命保険外交業の顧客を旅行又はディナーショーに招待した費用である旨答えたが、具体的に誰を招待したのかについては、誰か分かるものは見せられないと回答を拒否した。(なお、この点に関し、原告は、顧客名簿については秘密保持の観点から税務調査の場合でも裁判にならない限り提示しないよう雇用者であるD相互会社(以下「D」という。)から教育されていたと主張し、証拠(甲四六、原告本人)中にはこれに沿う部分があるが、Dでは、外交員に対しそのような教育をしたことはなく、公共機関による照会に対しては協力する姿勢であったこと(乙二五、二六)に照らし、信用できず、この点を回答拒否の正当理由とすることはできないというべきである。)

(二) 平井係官は、同日夕方、原告が事業所得及び不動産所得(島根県浜田市紺屋町に所在する土地を駐車場(以下「本件駐車場」という。)として賃貸することにより得られる賃料収入)の経費として事務所の使用料を計上していることから、その使用状況を確認すべく、右事務所があるとされるA浜田店へ行き、原告の了解を得た上で、一緒に同店二階の事務所の状況を確認した。同二階は、左右二部屋からなっており、原告が不動産所得の事務所と説明する部分には、和室(六畳)の続き間で大型テレビが一台有るのみで他には電話等はなく、また、原告が保険外交業の事務所と説明する部分には、ベッドが一つ有るのみで机等はなく、いずれも事務所としての実質を備えているとは認め難い状況であった。ただし、同店二階にある箪笥の中には、原告の生命保険外交業の販売促進用の贈答品が置いてあった。(なお、原告は、〈1〉平井係官が、本件賃借事務所に臨場した際、原告がトイレに入っている間に平井係官が右事務所の隣にあった原告のプライベートな部屋(ベッドのある部屋)に無断で進入した、〈2〉同店二階の事務所には、和・洋机や電話があり、二部屋とも原告が生命保険外交業及び不動産賃貸のための事務所として使用していたと主張し、右主張に沿う証拠(甲四〇、四六、五〇、証人乙、同丙、同丁、原告本人)があるが、これらに反する証拠(乙一九、証人平井文雄)に照らしすぐには信用できない。さらに、右〈1〉の主張は、同店二階の二つの部屋はいずれも、原告の事務所として利用されていたとする〈2〉の主張と矛盾する上、後記のとおり、原告から依頼を受けた乙税理士(以下「乙税理士」という。)は右〈1〉に関するクレームを被告に述べていないばかりか、却って、原告は、以後の調査にも特段のトラブルもなく応じていること、また、右〈2〉を裏付けるものとされている写真(甲四〇)は、本件係争各年当時に撮影されたものではなく、それから約五年を経た本訴提起以後に当時の記憶に基づいて撮影されたものである上、原告が右事務所の電話と主張する電話番号は〇八五五―××―××××番であり、A浜田店の電話番号であること(乙三六)に照らすとにわかに信用できず、原告の右主張は採用できない。)

2  平成五年九月一日及び同月二日の状況

平井係官は、平成九月一日及び同月二日、A今福店に臨場し、引き続き本件経費帳と本件領収証綴りの内容を検討した。その際、本件領収証綴りに添付されていた戊への五〇万円の入金伝票(甲二一の6の8)について説明を求めたところ、原告は、戊はCの弁当部門であるEの工場長で、工場の従業員の団体扱いの保険契約の取りまとめを頼むため、二五人分計五〇万円を先渡ししたが、まだ成約には至っていないと申述した。

また、本件領収証綴りのA名義の領収証のなかには、筆跡が原告のものと思われるものがあったため、平井係官は、Aの帳簿書類に基づいて、接待先、接待内容等を調査しようと考え、原告に対し、Aの帳簿書類の提示を求めたところ、原告は、次回に提示することを約した。

3  平成五年九月七日の状況

平井係官がA今福店に臨場してAの帳簿書類の提示を求めたところ、原告は、Aにおける平成四年分の日々の売上げの明細を記録した資料として会計(売上)伝票を提示し、右伝票のうちには、Aの取締役である原告が毎晩閉店後に作成しているものもあると説明したが、右伝票の基になる原始記録はないと返事をした。また、平井係官が作成名義をAとする領収書について、その支払が原告の営業上の顧客を接待したものであるか質問したところ、原告は、売上伝票に氏名の記載された者を除き、接待先の氏名や支出先内容を説明しなかった。

4  平成五年九月二一日の状況

平井係官がA今福店で、原告の本件経費帳と本件領収証綴りの内容を検討していたところ、原告から連絡を受けた乙税理士が訪れ、その場で原告から当日の調査立会を受任した。そこで、平井係官は、同税理士に対し、必要経費になるかどうかの検討をするためには領収証の内容や接待の相手先を明らかにする必要があり、スケジュール帳等の提示が必要であることを説明した。

その際、乙税理士は、平井係官に対し、これまでの税務調査の方法についてクレーム等を申し出なかったし、その後、平成六年一月末ころに被告と交渉する依頼を受けるまで、原告から税務調査について相談を受けることもなかった。

5  平成五年九月二二日の状況

平井係官は、A今福店を訪れ、引き続き本件領収証綴りを検討し、原告に対し、再度Cなどへの支払を確認したところ、原告、パーティー券の購入などであると答えるのみであり、招待した者の氏名等を明らかにしなかった。また、平井係官は、人件費(給料賃金)についても質問をしたが、原告は、それぞれの雇人の仕事の内容について、用紙を届けたりするなどの使い走りであると述べるのみで、明確には答えなかった。

6  被告による反面調査の状況

平井係官は、平成五年一〇月四日から同月八日の間及び同月二七日から同年一一月一七日の間、原告が提示した本件経費帳及び本件領収証綴りの内容を確認するため、その主な支払先に対して反面調査を実施した。その結果、反面調査先が、原告に対して白紙の領収証用紙を交付していたり、本件領収証綴りの中には、原告自身の個人的経費及びこれに関連する経費が含まれていたり、更には原告が経費として計上した費目の中に、反面調査先への入金が確認できず架空と疑われるものもあることが判明した。

7  平成五年一二月三日及び同月二七日の状況

平井係官は、A今福店に臨場し、右反面調査の結果を踏まえ、領収証の筆跡等を原本で確認するため、原告に対して、再度本件領収証綴りの提示を求めたが、原告は十分閲覧したなどとしてこれを拒否した。また、平井係官は、原告に対して、原告が本件経費帳に計上している各経費についてその使途を併せて質問したが、原告は、明確には答えなかった。

8  平成六年一月二六日の状況

平井係官は、原告に面接し、再度本件領収証綴りの提示及び支出内容について具体的な回答をする意思があるか確認したところ、原告は、提示も回答もしなかった。そこで、平井係官は、推計により算出した所得金額等(所得金額と所得税の増加額)を各年分ごとに原告に伝え、この金額での修正申告に応ずる意思があれば、同年一月三一日までに連絡するように申し添えた。

9  本件各更正処分までの状況

原告は、右のような事態に至ったために、そのころ、乙税理士及び己税理士に、原告に代わって被告と交渉することを委任した。そこで、乙税理士らは、平成六年二月七日ころ及び同月一八日に浜田税務署を訪れ、その後も、乙税理士は、数回にわたり同税務署を訪れ、原告が自分で記入した領収証について、相手方に再発行させた領収証を示して、これで領収証も揃ったなどと説明したが、生命保険外交業、特に原告の行っているような業務内容においては、個別の収入との関連性が認められない場合でも、純粋な家事のための出費を除き、すべて経費と認めるべきであるとの独自の考えから、その支出と事業との関連性について具体的な説明をすることはなかった。

被告は、平成六年三月三一日、原告から修正申告に応じる意思表示がなく、同税理士らによる説明によっても、原告の帳簿書類の正確性及び信憑性に関する疑問を解消するに足りるものではなかったとして、保険外工業所得について、同業者比率で推計し、本件各更正処分を行った。

二  争点1(事業所得の金額)について

1  本件調査手続の適法性について

(一) 目的の違法について

原告は、本件調査が他の同業者に対する見せしめの意図で行われた旨主張する。しかし、前記認定のとおり、本件調査は、原告が申告した事業所得等の金額が正しいかどうかを確認するという適法な目的の下に行われたものであり、本件全証拠によっても、見せしめの意図を持って行われたことを認めるに足りる証拠はない。よって原告の右主張は理由がない。

(二) プライバシー侵害を伴う調査態様の違法について

原告は、平井係官が、本件調査に際し、原告のプライベートな部屋に無断で侵入したから、調査態様に違法がある旨主張する。しかし、この点については、第三の一の1(二)において述べたとおりであり、原告の右主張は採用できない。

(三) 十分な調査を尽くさなかった違法について

原告は、平井係官が十分な調査を尽くさないまま、被告において本件各更正処分に及んだもので、本件調査には重大な違法があると主張する。

しかし、先にみたとおり、平井係官は、本件調査の過程において、原告に説明を求めても原告から支出の使途等について明確な返事がなく、原告の提示した本件経費帳等を検討しても記載が不十分であるほか、原告の計上した経費が必要経費に当たるか判明せず、そのため、反面調査を行い、その結果も踏まえて、原告及び乙税理士らに対し、原告が経費として計上している各費目の支出の相手方、その内容の説明や本件領収証綴りの原本の再提示を求めた。これに対し、原告は、先にみたとおり、生命保険外交業の経費に関する独自の見解から、その求めに応じず、計上した経費が必要経費になるとの具体的な説明や領収証綴りの原本の再提示もせず、本件各処分後の不服審査に至ってようやく、接待交際費や販売促進費の使途先の個々の氏名を明らかにしたものである(甲五ないし七、証人乙、原告本人)。これらの経費からすると、平井係官は、原告に対して、必要な資料や説明等を求めており、原告において、これを拒否する態度に出たことから、これ以上の調査を継続することは困難であったといえるか、本件調査が不十分で違法である旨の原告の右主張は採用しない。

2  本件推計の必要性について

(一) 推計課税は、課税庁において、納税者の所得金額を実額より把握することが不可能か又は著しく困難である場合に限ってゆるされるものであるから、納税者が帳簿書類等を提示している場合も推計の必要性があるというためには、右帳簿書類等の正確性や信憑性に合理的な疑問があることを要するというべきであり、安易に推計の方法によることは許されないというべきである。しかしながら、他方で、納税申告制度は、納税者において、実額算定するに足りる取引の実態を正確に記録した帳簿書類等を備え付けることが当然の前提としていることに鑑みれば、納税者が形式的には帳簿書類等を備え付け、これを提示した場合でも、その記帳の方法が常時数日分をまとめて記帳するとか、記載の正確性を検証する手段が講じられていないなど、およそその正確性を担保し得ないような方法で記帳されていて、帳簿全体の正確性や信憑性に合理的な疑問を生じさせることとなる場合には、もはやこのような帳簿書類等に基づいて実額を計算することはできないというべきであり、推計課税の方法によることもやむを得ないというべきである。

(二) これを本件についてみるに、争いのない事実のほか、証拠(甲一四ないし一九、証人丁、同平井文雄、原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば以下の事実が認められる。

(1) 原告が本件調査に当たり提示した本件経費帳は、専ら原告の事業所得の経費を記載したもの(収入金額の記載はない。)に過ぎず、事業の収支全体を記載した網羅的普遍的な会計帳簿ではなかったし、原告は、そのような網羅的普遍的な会計帳簿を作成していなかった。

(2) 本件経費帳の記載方法は、まず原告が、受け取った領収証等を一か月分毎にクリップで日付順に綴じておき、その一年分、あるいは半年分というまとまったものを記帳者である丁に交付し、同人において、右領収証綴りを作成するとともに、原告主張の費目に分類し、各月毎にその合計を集計するというものであるが、その支出の有無等を担保する現金出納帳や銀行勘定帳等は作成されていなかったし、支出の原因となった取引の年月日、内容、相手方の勘定科目及び金額の記載も取引の順序に従って記載されたものではなく、原告自身、支出の原資を明確にできないものもある。さらに、その費目の振り分けは、丁が店の名前、金額等から判断して形式的に振り分けたものにすぎず、原告等にその使途や内容を確認して記帳したものではなかったし、原告が記載の正確性を事後的にチェックすることもなかった。

(3) 本件領収証綴りには、本件経費帳の支出に対応する領収証が綴られていたが、請求書等がなかったり、使途が不明であるなど、領収書記載の金額が原告の事業による収入と対応する必要経費であることが不明なものがあった。原告によれば、その使途先やその内容を記録した記録はないということから、平井係官が反面調査をしたところ、架空の疑いのある領収証等のあることが判明した。

(三) このように、原告が提出した本件経費帳は、現金出納帳、銀行勘定帳等の裏付けもなく、丁が収入との対応関係の不明確な本件領収証綴りに基づいて、一年分あるいは半年分をまとめてその金額を記帳したものにすぎず、費目の振り分けも形式的なものであることからみて、その正確性を担保できない方法で記載されたものというべきであり、まして、原告の事業に係る金銭の流れ、収支全体を明らかにするものではない。したがって、本件経費帳の記載内容には、正確性や信憑性に合理的な疑問があり、その記載から本件係争各年分の経費の実額を的確に把握することはできないし、また、収入との対応関係が不明確な本件領収証綴りにより経費を計算することもできないといわざるを得ない。しかも、平井係官が、このような疑問から、原告又は己税理士らに対し、経費として計上している各費目の支出の相手方やその内容の説明を求めたにもかかわらず、原告は、生命保険外交業の経費に関する独自の考えから、計上した経費が必要経費になるとの具体的説明をしなかったことは、前判示のとおりである。そうすると、推計課税の方法によることはやむを得なかったものであり、本件係争各年分の事業所得の金額について推計の必要性があったというべきである。

3  本件推計の合理性について

(一) 証拠(乙二、ないし一二(各枝番を含む。)、三五)及び弁論の全趣旨を総合すると、前記第二の五の1(三)(1)第一段落記載の事実が認められる。

右事実によれば、右類似同業者の抽出基準は、業種、業態の点で同業者の類似性を判別する要素として合理的なものであり、その抽出作業に被告、抽出同業者を管轄する税務署長及び広島国税局長の恣意が介在する余地は認められず、かつ、右調査の結果は青色申告に基づいたものでその申告は確定しており、信頼性が高いといえる。したがって、右類似同業者の本件算出所得率を基礎に算出された原告の本件係争各年分の所得金額の推計には、特段の事情のない限り、合理性があるものということができる。

(二) 原告は、家賃及び人件費を支出しているので類似同業者の算出所得率をそのまま適用するのは合理的でないと主張する。

しかし、本件においては、後記のとおり、原告の家賃及び人件費の支出は、収入との間に対応関係を認めることができず、原告の事業所得の必要経費と言い難いから、原告の主張は、その前提を欠くといえる。

また、その点を置くとしても、推計課税は、原告と類似同業者のみならず、類似同業者間にも個々的な種々の条件に差異があることを当然の前提としつつ、ある一定の基準の下に業種、業態、事業規模等が類似していると認められる一群の同業者を抽出し、これを基礎として総所得金額を算出して課税する方法であり、その個々の営業状況が当該平均値による推計を全く不合理ならしめる程度に顕著でない限り、推計の合理性を左右しないものと解するのが相当である。本件において、原告が事務所に賃借したり、従業員を雇用したりしていたとしても、本件全証拠により、原告の業態、事業規模等と前提類似同業者等のそれとが格別異なっていることを見出し得ない以上、これら類似同業者の算出所得率を適用しても不合理とはいえない。したがって、原告の右主張は採用しない。

(三) 推計による事業所得金額の計算

(1) 収入金額

収入金額は、次のとおりであり、当事者間に争いがない。

平成三年分 一八九二万一五八五円

平成四年分 二二五九万一四八一円

(2) 事業所得金額

前記(1)の収入金額を基礎として、本件算出所得率(平成三年分が〇・六〇一、平成四年分が〇・六二一)を乗じた次の額であり、被告の主張する額と同額である。

平成三年分 一一三七万一八七二円

平成四年分 一四〇二万九三〇九円

4  実額反証について

(一) 納税者が所得の実額を主張して、課税庁のした推計による所得金額の認定を覆すためには、その主張する収入金額がすべての取引先からすべての取引についての捕捉漏れのない総収入金額であり、かつ、その収入と対応する必要経費が実際に支出され、当該事業と関連性を有することを合理的な疑いを容れない程度にまで立証しなければならいと解するのが相当である。

(二) 本件係争各年分の総収入額の検討

原告が、生命保険外交業による総収入額を記帳した帳簿を作成していないことは前判示のとおりであるが、原告の本件係争年分の収入金額は、Dが所得税法二二五条に基づいて被告に提出した報酬等の支払調書の額であり(乙一、弁論の前趣旨)、金額自体は当事者間に争いがないことからみて、原告の生命保険外交業による捕捉漏れのない総収入金額であると認められる。

(三) 本件係争各年分の総必要経費の検討

そこで、原告による経費実額の主張を検討する。これが必要経費と認められるためには、原告の主張するすべての経費が現実に支出され、かつその支出が収入と個別対応又は期間対応(所得税法三七条一項参照)していることまで立証することが必要である。この点、原告は、生命保険外交業の特殊性から、接待交際費は、純粋な家事のための出費を除き、収入との関連性がなくともすべて必要経費と認めるべきであると主張しているが、独自の見解であり、所得税法三七条一項の趣旨からみて採用できない。

以下、原告が主張する経費について、検討する

(1) 人件費(給料賃金)

原告は、本件係争各年中に、庚、丙、辛及び壬の四名を生命保険外交業の従業員として雇用して、本件賃借事務所の掃除等をさせ、その賃金を支払ったから、右支出は必要経費に当たると主張し、証拠(甲二四ないし二七、五四、証人丙、同丁、原告本人)中にはこれに沿う部分がある。

しかし、庚ら四名の給料受領確認書(甲二四ないし二七)の内容は、原告から賃金を受領していたことを確認しているほか、賃金を受領していた者がA浜田支店又は今福店の仕事に従事し原告の生命保険外交業に係る仕事に従事していないとの国税不服審判所長の裁決書謄本(乙一)記載の判断内容の一部(乙一の一八ページ)を否定するものであるが、庚ら四名が従事していた原告の生命保険外交業に係る仕事の内容は記載されていないし、確認内容も通り一遍の形式であり、すぐには信用できない。また、証人丙は、A浜田店の仕事には一切従事せず、同店二階にある原告の事務所のみの仕事に従事し月額一〇万円くらいの賃金を得ていた旨証言しているが、その仕事の内容からすると賃金が高額といえるし、証言内容に不自然なところがうかがわれ、同人は平井係官に対しては、A浜田店の仕事に従事していた旨矛盾したことを述べている(乙二四)ことからすると、証人丙の右証言はすぐには信用できない。むしろ、庚らは、平井係官の反面調査に対し、次のアないしエのとおり、A今福店ないし浜田店の仕事に従事しているが、原告の生命保険外交業に関連するような仕事に従事していたことを肯定するような申述をしていない。

ア 庚は、A今福店及び浜田店で働いたが、その仕事内容は、店の掃除、食器の片づけ、両店の二階の部屋の掃除であった(乙三四)。

イ 辛は、A今福店に手伝いに行ったが、その仕事内容は、店の掃除や食器の片づけであった(乙三三)。

ウ 丙は、A浜田店で、店の掃除、食器の片づけと洗い物、二階の部屋の掃除をしていた(乙二四)。

エ 壬は、A浜田店で働いたが、その仕事の内容は店の掃除であり、店は板前さんと私の二人だった(乙一九)。

以上からすると、庚ら四名に対する給与が原告の事業所得の必要経費であるとするまでの的確な立証がなされたとはいえず、原告の右主張は採用できない。

(2) 租税公課

原告の主張する租税公課の内容は、必ずしも定かではないが、その主なものは原告の使用する収入印紙代と考えられる(甲五四)。収入印紙代は、原告が保険料の集金の際に使用しても最終的にDから補填を受けるべきものであり、原告において負担すべきものでないと考えられ(原告本人)、原告の事業所得に対応した経費とはいえないから必要経費とは認められない。

また、原告が、本件経費帳に計上漏れがあったとして、追加した八雲会費等(平成三年分二万六一〇〇円、平成四年分三万七四〇〇円)については、これを裏付ける証拠が全くなくその支出自体を認めることはできない。

(3) 旅費交通費、消耗品費、雑費

原告は、旅費交通費は、営業活動のためのものであり、消耗品費は事務所で使用する文具等の物品の費用であり、雑費は消耗品以外の雑多な出費であると主張している。しかし、原告の提出した証拠は、甲一四、一五のそれぞれの勘定科目欄に対応した領収証のみであり、これに対応する請求(明細)書等はなく、その支払目的も原告の生命保険外交業との関係が不明であり、消耗品の内容も不明なものがあるから、原告の事業所得との関連性について的確な立証がなされたとはいえない。また、新聞代については、領収証の宛先が「A」となっている。(甲二〇の4の2等)ことからすると、Aに対するものと考えられ、原告の経費と認めることはできない。

(4) 通信費

原告は、日本電信電話株式会社が作成した電話番号〇八五五―××―××××に係る「電信電話料金領収証」(甲二〇の1の12等)及び名刺(甲四一)を根拠に、右回線の電話料は原告の事業に係る通信費であると主張する。しかし、右電話番号がA浜田店のものであることは前判示のとおりであり、原告の事業所得に対応した必要経費とは認められない。

(5) 接待交際費(なお、平成三年分については販売促進費も含む。)

ア 総勘定元帳の接待交際費ないし販売促進費欄にメモ書きのあるもの(甲五ないし七)について

原告は、接待交際費について、その使途先の個々の氏名を記載した書面(甲五ないし七)を提出し、右費用は生命保険外交業のために必要な経費であると主張する。

しかし、右氏名の記載は、本件各更正処分後の不服審査の段階に至って、原告が保険契約申込書の控えと記憶に基づいて作成したメモを基に記載されたものである(前記認定事実、原告本人)上、甲五ないし七の書面には接待や贈答の内容がほとんど記載されていない。また、右使途先の中には、通常、事業のために必要な接待交際費とは考えられない原告の身内に対するものや親戚の結婚式に出席した際に支出した結婚祝い等があり、さらに、Dが負担すべき当時のD浜田営業所長に対するものも多数含まれていること(甲五ないし七、二〇の1の49、50等、乙三〇、原告本人、弁論の全趣旨)に照らすと、甲五ないし七の記載内容には正確性に疑問があるから、甲五ないし七をもってただちに原告の必要経費の認定資料とすうことはできない。

イ Fに対する支出分

原告はFの常連客である(証人癸)が、原告は、F名義の領収証(なお、原告自ら作成した領収証については、その後にFから領収証の再発行を受けている(甲二八、二九)から、いずれにせよその成立は真正であり、内容も誤りのないことは明らかであるとしている。)を根拠にFに対する支出は必要経費に当たると主張し、証拠(甲二三、四四ないし四六、五〇、五一、証人癸、同乙、原告本人)中にはこれに沿う部分がある。

しかし、まず、甲二八、二九の領収証は、Fの売上げに関する客観的資料に基づいて作成されたものではなく、原告に言われるまま作成したことが窺われるから(証人癸、同乙、原告本人)、その正確性には疑問があり信用性に乏しい。また、右以外の領収証には、同一日付であるにもかかわらず用紙の様式が異なる等領収証の体裁自体に不自然なものも存在すること(甲二一の12の113、115、乙二三)、領収証の金額には、Fの店でたまたま原告と居合わせた者の代金や居合わせてもいない第三者の代金を原告が支払った分(いわゆるつけ回し分)が含まれていること(甲五〇、五一、五四、原告本人)に照らすと、その支出自体や事業所得との関連性には疑問がある。したがって、原告のFに対する支払分を必要経費であるとするまでの的確な立証がなされたとはいえない。

ウ 株式会社Gに対する支出分

原告は、Gから菓子(クッキー)を購入していたとしているものであるが、原告が提出したG名義の領収書には、Gのレジペーパーと比較して、領収書の金額がGの菓子の売上げ額を超えるなどその支出自体疑問なものがある(項一四、二〇の1の54、二〇の5の12、二〇の9の29、二〇の12の60、乙二二、証人平井文雄)ほか、宛て名がないもの(甲二〇の8の5、6、二〇の9の29等)、原告自身が白紙の領収書を貰って記載しているもの、請求書がなく購入した品物や使途先の曖昧なものがある(原告本人)。また、原告が再発行してもらったという領収書(甲三〇、三一)も、Fの場合と同様、Gの売上げに関する客観的資料に基づいて作成されたものではなく、原告に言われるまま作成したことが窺われること(原告本人)からすると、正確性に疑問があり信用性に乏しい。したがって、Fの場合と同様の理由で、必要経費であるとするまでの的確な立証がなされたとはいえない。

エ Cに対する支出分

原告は、平成四年一二月一一日及び同月一二日付け領収証(甲二一の12の43、52)を根拠に、その支出は顧客を接待した費用であり、必要経費に当たると主張する。

確かに右領収証には、収入印紙にCの係員の割印が押捺されているが、同Cに保管すべき右領収証の控えが同Cになく、その筆跡からみて原告が白紙の右領収証に必要事項を記載したものであり、右領収証の記載に対応する収入(取引)が同Cの帳簿書類には何ら記載されていない上、(甲五四、乙二九、証人平井文雄)、原告が提出した同Cのパーティー券管理台帳(甲四九)にも、右領収証に合致する記載はないことに照らすと、その支出自体に疑問があるというべきである。したがって、原告の右主張は採用できない。もっとも、原告は、Cのチケットを同僚と共同して購入し、後に引受けの枚数が決まったところで白紙の領収証に金額を記載することがしばしばあった旨主張しているが、仮にそうだとしても、金額を記入するのは原告自ら独りで行うもので金額の正確性を担保する状況はないといえるのであり、ひいては支出自体の存在にも疑問があるといえるから、原告の右主張もすぐには採用できない。

オ B株式会社に対する支出分

原告は、同Bへの領収証、請求書、参加者名簿及び写真(甲一ないし三、二一の11の19)を根拠に、右支出は、原告が顧客となろうとする者を接待した旅行の旅費であり、必要経費に当たると主張する。

しかし、参加者には原告の子が経営するH組関係者が六名含まれている(甲二、原告本人)ことからすると、右旅行の趣旨が原告の主張のとおりであるか疑問が残り、旅費の金額が原告の事業所得と関連性があるとまでは言い難い。したがって、原告の右の主張はすぐには採用できない。

カ Iに対する支出分

原告が提出した領収証には、原告が白紙の領収証に金額を記載したものがある上(原告本人)、領収証の金額とIのレジペーパーの金額とが一致しないものがあり(甲二〇の12の39、61、二一の1の35、70、二一の4の58、乙二一の1ないし7、証人平井文雄)支出自体に疑問があることになる(この点に関し、原告は、売掛金の一部であり、不一致があるのは当然と主張するが、何ら立証をしない。)また、領収証に対応する請求書等が提出されておらず、提出された領収証によっても購入品が不明なものがある(甲二の12の39、二一の1の35、二一の4の58、原告本人)。そうすると、原告提出の領収証記載の金員を支出したかどうか、支出したとしても原告の事業所得との関連性があるのか不明なものがかなりあり、必要経費であるとするまでの的確な立証がなされたとはいえない。

キ 株式会社Jに対する支出分

原告は、商談で遅くなった顧客を泊める際に使用するダブルベッドを株式会社Jから購入したものであるから、必要経費に当たると主張し、証拠(甲四〇の〈10〉、四八の1、2、五〇)中にはこれに沿う部分がある。しかし、原告はその使途につき、調査に臨場した平井係官に対し、当初、契約者への贈答品として購入した旨の供述をしたが、贈答先を質問されると、顧客の宿泊用でA浜田店二階にあると供述を変更するに至ったことが認められる(証人平井文雄)。そうすると、原告提出の右証拠は、右供述の変更後の説明に沿うものであり、にわかに信用できず、右ダブルベッド購入費用は、原告の事業所得との関連性に疑問があることになり、必要経費として的確な立証がなされたとはいえない。

ク Kに対する支出分

原告が提出した同K名義の領収証(甲二〇の12の7、12、13)には、同Kでは使用していない様式のものに原告が記入したと考えられる領収証(甲二〇の12の7、13、弁論の全趣旨)がある上、これに対応する入金の事実は同Kの帳簿にも記載されていないこと(乙三一)からすると、その支出には疑問があり、必要経費として的確な立証がなされたとはいえない。

ケ 漫才師等に対する支出

原告は、本件係争各年に漫才師等を計四回招いた費用(平成三年度に計一七〇万円以上、平成四年度に計一五〇万円以上)が必要経費に当たるとの追加的に主張し、証拠(甲五七、原告本人)中にはこれに沿う部分がある。しかし、そのうちに二回は金額を確定しえないものである上、領収証さえないものであり、(原告本人、弁論の全趣旨)、その支出には疑問が残り、必要経費として的確な立証がなされたとはいえない。

コ Eの工場長戊に対する支出

原告は、右支出は、団体契約を取るための費用であり、必要経費に当たると主張し、証拠(甲二一の6の8、原告本人)中には、これに沿う部分がある。しかし、右支出によるも成約には至っていない上、公にできないお金のため、領収証をもらうことができず、原告が入金伝票に記載したものにすぎないものであり、(原告本人)、その支出には疑問が残り、必要経費として的確な立証がなされたとはいえない。

(6) 減価償却費

原告は、右支出は原告の生命保険外交業三〇周年記念パーティーの際に新調した着物の代金であり、必要経費に当たると主張し、証拠(甲二〇の10の70、71、五六、原告本人)中にはこれに沿う部分がある。しかし、これに対する請求(明細)書等の提出はなく、証拠(甲二〇の10の70、71)によっても、着物代金としての支払かどうかも不明である上、たとえ、その使途が新調した着物代金だとしても、原告が自ら三〇周年記念パーティーに出席するために着物を着て、生命保険外交の事業を遂行させるとも考えられず、必要経費とするには多大の疑問がある。

(7) 地代家賃

原告は、A浜田店の二階をAから賃借し、生命保険外交業の事務所として使用していたから、その家賃は必要経費に当たると主張する。

しかし、本件係争各年当時、右二階が事務所としての実質を備えていなかったことや原告が右事務所で従事させた従業員に対して支出したと主張する人件費(給料賃金)が原告の生命保険外交業の必要経費と認められないことは、前判示のとおりである。そうすると、原告の主張する右家賃も原告の生命保険外交業に関連した必要経費と認めることはできない。

以上のとおり、原告による本件係争各年分の必要経費の実額の主張のうち、少なくとも、右に検討した経費については、その支出や原告の生命保険外交業との関連性を裏付ける的確な証拠のないものが多数存在するから、原告は、右経費について、これが現実に支出され、かつ、その支出が収入と個別対応又は期間対応していることを合理的な疑いを入れない程度にまで立証したとはいえない。これは、原告が、原始記録、生命保険外交業に基づく金銭の流れ・収支を網羅的、普遍的に記録するような帳簿を作成することもなく、必要経費としての支出の存在と生命保険外交業との関連性を立証しようとしたためにほかならない。このようなことからすると、原告の本件係争各年分における必要経費の実額の主張は、その余の経費について判断するまでもなく、認めることができない。

三  争点2(不動産所得の金額)

1  本件調査の違法について

右調査に違法がないことは、前判示のとおりであり、原告の主張は採用できない。

2  地代家賃が必要経費に当たるかについて

(一) 原告の本件係争各年分における不動産所得に関する総収入金額及び地代家賃を除く必要経費については、当事者間に争いはなく、別紙三の該当箇所記載のとおりである。

(二) 原告は、本件係争各年分の不動産所得金額の経費計算上、それぞれ七二万円が地代家賃であり、必要経費に当たると主張する。

ところで、不動産所得金額の計算上必要経費であると認められるためには、客観的にみて当該業務と直接関係があり、かつ、当該業務の遂行上必要な支出であることを要すると解される。

これを本件についてみると、原告の不動産所得は本件駐車場を賃貸し、賃料収入を得るというものであるところ、本件係争各年当時における貸付形態は月決めによるものであり、その賃料は原告名義の預金口座に振り込まれていること(乙一、一三ないし一五)からすれば、右不動産収入を得るために管理業務として事務所を使用する必要は認められない上、原告が事務所とする部屋が当時、事務所の実質を備えていなかったことは、前判示のとおりである。しかも、原告自身、右事務所は主として生命保険外交業の事務所として使用していたと主張するに至っている(原告本人、弁論の全趣旨)。そうすると、右家賃は、原告の不動産賃貸業の遂行上必要な支出であるとはいえず、原告の本件係争各年分に係る不動産所得の必要経費として計上することはできないとうべきである。

(三) したがって、原告の本件係争各年分の不動産所得の金額は、前判示争いのない本件係争各年における総収入金額から、家賃七二万円を除いた原告主張の経費の額を差し引いた額であり、次のとおりとなる(被告主張の額と同額)。

平成三年分 一一六万四五〇〇円

平成四年分 一二一万三四〇〇円

四  原告の本件係争各年分に係る総所得金額について

原告の本件係争各年分における事業所得、不動産所得以外の所得金額について、当事者間に争いはなく、第二の五の3記載の被告の主張のとおりである。

よって、原告の本件係争各年分に係る総所得金額は、事業所得、不動産所得、その他の所得を合わせて、次のとおりとなる(被告主張の額と同額)。

平成三年分 一二六〇万六三七二円

平成四年分 二六〇五万九八六一円

五  まとめ

そうすると、本件各更正処分は、以上の原告の本件係争各年分に係る総所得金額の範囲内で行われているから、いずれも適法である。

また、右各更正処分に基づきなされた本件各賦課決定処分につき、原告が本件係争各年分の所得金額を過少に申告したことについて正当な理由があるとは認められないから、右各処分も適法である。

第四結論

以上によれば、被告がした推計には必要性、合理性が認められ、原告の実額反証は認められない。そして、本件各処分は、前記認定の各総所得金額の範囲内のものであるから、いずれも適法である。よって原告の本訴請求は理由がないから、いずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横山光雄 裁判官 遠藤浩太郎 裁判官 西田政博)

(別紙一)

平成三年分所得税課税処分等経過表

〈省略〉

以上

(別紙二)

平成四年分所得税課税処分当経過表

〈省略〉

以上

(別紙三)

一 平成三年分

1 事業所得の金額 一八〇万二三三六円

(一) 収入金額 一八九二万一五八五円(争いなし)

(二) 経費 一七一一万九二四九円

(内訳)

給料賃金 一一五万二〇〇〇円

租税公課 三万五一〇〇円

ただし、従前の主張に、計上漏れがあったという二万六一〇〇円を加えた額

旅費交通費 一一九万六六三一円

通信費 十二万一六一〇円

接待交際費 六〇四万七五九三円

ただし、従前の主張に計上漏れがあったという一七〇万円を加えた額

消耗品費 三二万一一四〇円

販売促進費 七六一万二三五〇円

雑費 五三万二八二五円

(三) 所得金額((一)―(二)) 一八〇万二三三六円

2 不動産所得の金額 四四万四五〇〇円

(一) 収入金額 一五六万〇〇〇〇円(争いなし)

(二) 雑費 一一一万五五〇〇円

(内訳)

減価償却費 五万九四〇〇円(争いなし)

地代家賃 七二万〇〇〇〇円

租税公課 二三万八一〇〇円(争いなし)

接待交際費 九万八〇〇〇円(争いなし)

(三) 所得金額((一)―(二)) 四四万四五〇〇円

3 給与所得 七万〇〇〇〇円(争いなし)

4 総所得金額(1+2+3) 二三一万六八三六円

二 平成四年分

1 事業所得の金額 一四〇万七二三五円

(一) 収入金額 二二五九万一四八一円(争いなし)

(二) 経費 二一一八万四二四六円

(内訳)

給料賃金 一〇九万三〇〇〇円

減価償却費 四八万四三五七円

地代家賃 七二万〇〇〇〇円

租税公課 五万七八〇〇円

ただし、従前の主張に、計上漏れがあったという三万七四〇〇円を加えた金額

旅費交通費 一〇四万一九一〇円

通信費 二九万六八七二円

ただし、従前の主張から、二重計上があったという一万四五〇二円を控除した額

接待交際費 一六四四万三二六五円

ただし、従前の主張に、計上漏れがあったという一五〇万円を加えた額

消耗品費 五一万一〇九四円

会社控除経費 四万〇八〇〇円

雑費 四九万五一四八円

(三) 所得金額((一)―(二)) 一四〇万七二三五円

2 不動産所得の金額 四九万三四〇〇円

(一) 収入金額 一五一万〇〇〇〇円(争いなし)

(二) 雑費 一〇一万六六〇〇円

(内訳)

減価償却費 五万九四〇〇円(争いなし)

地代家賃 七二万〇〇〇〇円

租税公課 二三万七二〇〇円(争いなし)

(三) 所得金額((一)―(二)) 四九万三四〇〇円

3 給与所得 七万〇〇〇〇円(争いなし)

4 雑所得の金額 四六万一六六〇円(争いなし)

5 一時所得の金額 一〇二八万五四九二円(争いなし)

6 総所得金額(1+2+3+4+5) 一二七一万七七八七円

以上

(別紙四)

一 本件係争各年分を通じて生命保険外交業を個人で営んでおり、その中途において開廃業、休業又は業態を変更していない者

二 本件係争各年分に係る所得税の確定申告について、所得税法一四三条の承認を受けて青色申告書を提出している者

三 事業に係る収入金額は、本件係争各年分において、いずれも次の範囲内である者

1 平成三年分 九四六万一〇〇〇円以上三七八四万三〇〇〇円以下

2 平成四年分 一一二九万六〇〇〇円以上四五一八万二〇〇〇円以下

四 他の事業を兼業していない者

五 更正又は決定の各処分を受けた者にあっては、国税通則法若しくは行政事件訴訟法の規定による不服申立て期間若しくは出訴期間が経過している者又はこれらの訴訟が係属していない者

以上

(別紙五)

類似同業者の所得率表(平成三年分)

〈省略〉

以上

(別紙六)

類似同業者の所得率表(平成四年分)

〈省略〉

以上

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